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Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

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音美風景 [2]

◆エルドンと裸のラリーズの場合

 '68年5月のバリケード内での演奏が、キャリアの出発点という点で、グレイトフル・デッドと並んで、エルドンと裸のラリーズは世界的な全共闘バンドといえる。
 ただ、グレイトフル・デッドとは違って、エルドンと裸のラリーズは、その危険性とノイジーな爆音という共通項を、フランスと日本における思想界の密接な関係から考えてみたくなるのは、自然であろう。
 アルチュセールの構造主義は、サルトルのヒューマニズム的疎外論を、流行遅れにしていた。ドゥルーズ・ガタリのやった事は、アルチュセール=フランス共産党イデオロギーを壊そうとした'68年5月の文章化である。
 リシャール・ピナスは、そういう時期の哲学者の卵だったのである。
 彼の金属論は、フランス唯物論をより現代化したものであり、エルドンのイデオロギーは、リシャール・ピナスの哲学の音楽化である。「音のゲリラ」としてエルドンの音楽を評するピナスのそれは、確かにイデオローグと音楽の表現として、より現代的に成功したと言えるであろう。
 「飛ぶ事」と水谷孝さんは、裸のラリーズをこう評する。裸のラリーズの爆音は、'68年5月に同時発生した世界を飛んで入る。水谷孝さんのファズがエコーチェンバーを通って流れる時、それはいつも'68年5月。私はあの頃2歳1ヶ月だったけれども、'83年に京大西部講堂で体験したあの危険な夜は、まさにあの時の音だった。
 リシャール・ピナスは、今フランスの大学の教室で、哲学史を講義している。
水谷孝さんもパリ在住。エルドンのスタンバイと裸のラリーズのLIVE'77。彼等の夜は終わらない。

Cheepnis Press Vol.28 Jan.16.2001より転載しました。

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