音美風景 [1]2008-11-23 Sun 15:00
◆吉松隆の場合 part 1 - プレイアデス舞曲集(COCO-80115)
音楽とナショナリズムは相反する。 何故なら、音楽は言葉の壁を越えたインターナショナルな芸術だからである。 しかし、私は吉松隆に関しては、音楽がナショナリズムと合結した時に起こ る或る美的風景を見ざるをえない。 吉松隆の音楽は、日本人のナショナリズムの琴線を奏でる。 日本人には、その東北の雪を想わせる美しい音階群に誰もが感じ入るであろ う。 何故吉松隆の音楽は、こんなにも美しいのか? 一体この人は何者なのだろう。 彼の音楽を最初に聴いたのは、私が18歳の時、NHK-FMの『現代の音楽』でオ ン・エアーされた「混声合唱とピアノのための植物プリズム」だった。この曲 は、誰が聴いてもマグマのコピーとしか思えない曲だった。 吉松隆がロック世代の作曲家である事は、彼が自分のNHK-FMの番組で「原子 心母」をかけたことから周知の事実である。 しかし私は彼がロック世代の作曲家以上の何かを持っているいるが故に、こ んな美的世界を作れるのだと思う。 泉鏡花の一連の作品が持つ日本の憧憬。 私は、ナショナリズムと音楽の美的結合について。肯定的に考え始めている。 Cheepnis Press Vol.9 Nov.3.2000より転載しました。 スポンサーサイト
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