FC2ブログ

Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

レクイエム

罪と罰というこの二つの言葉の並びは、多くのヨーロッパ人において罪と救済を暗黙の了解としているのであり、実際ラスコーリニコフの顛末は、教会の説法通りのお話として罪─裁き─罰─救済という、一人の少女の信仰の救いによる、かつての英雄ラスコーリニコフの彼岸において、お話は終わる。

しかし、英雄ラスコーリニコフの「天才こそ法そのものである」という神への反逆としての無神論は、救いなき罪と罰の世界として、「カラマーゾフの兄弟」によって、より深く、一貫して貫徹することを、ドフトエスキーは「罪」と「罰」という言葉の並びにおいて示唆している。

救済なき罪としての現実世界、罪は裁かれるが、罪故に裁かれる事ではなく、この世の生の存在こそが、つまり現実世界における生誕の時点で、既に罪として裁かれ、罰としての生を始める。

そして、救済は、“お話”以外には、現実世界は

               決して 絶対的に 全く

           有り  得ない。



方法の問題


間違っている事を解っているという事は、

正しいという事を「正しい」と解っているという錯覚を弾劾する

唯一の方法であり

自らの正当性を最初から

放棄した上にのみ

正当性を正当性として主張する偽りを、弾劾できるのである。




永劫回帰における囚人の在り方


  その認識

  生まれると同時に

        即

     終身刑の宣告をうけるべくして

      告げられるもの


誤に向けられるものに対する

   全肯定を

 全て受け入れる囚人であるということ

               の認識


方法としての

     地獄の

       絶対地獄への

           逆弁証法



青い花が

   血に染まって

        太陽のような

           夏の花



サクリファイス


ヨファンは、この呪われた家を

  燃やす事で、

   全て終わりにしたかった。



 自分は、終わっていたから。

 炎は、高く天上まで拡がった。





     家は燃えなかった。



地獄からの追放






    否 即身成仏

    肯 即身地獄


即身地獄  即  即身成仏

即身成仏  即  即身地獄




法としての時間における

垂直落下と同化による

陥ちてゆくものの壊滅



 法の属性としての

  霊の塊



法そのものへの

    恐れ

  そして

法そのものの受け入れ

          己の業に

             従う
スポンサーサイト

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

弓場宗治の世界 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<精神収容所列島 | ホーム | グレツキ葬>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。