Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

ヘーゲル「精神現象学」を読む Part1

ヘーゲル 精神の現象学

序文  Vorrede 学的認識について


    「哲学は、本質的に、特殊的なものを、内包している、普遍性、という場面のうちに、生きているのであるから」

    「一は他と同等に、必然的であり」
    「そうして、かく同等に、必然的であることが、初めて、全体の生命を、形作るのである。」

    「事柄は、その、目的において、尽くされているのではなく」   
    「尽くされているのは、実現においてのことであり」
    「また、結果も、現実的な、全体ではなくして」
    「そうであるのは、生成といっしょにされたときのことである。」
    「目的は、それだけでは、生命のない、普遍的なものであり」

    「即ち、もろもろの、普遍的な原則と見地とを、獲得すること」
    「先ずもって、事柄一般の思想にまで、努力して、向上すること」
    「事柄を支持するにも。反駁するにも、理由をもってすること」
    「具体的で豊かに、充実した内容を、諸限定にしたがって、把握すること」
    「さらに、この内容について、しっかりした、決定とまじめな判断をくだすすべを、心得ること」


一、現代哲学の課題

(一)真なるものの場面は概念であり、そうして概念の真実の形態は学的体系であること

    「真理は、ただ、概念においてのみ、現に、存在するための、場面をもつと主張せられたのであるが」

    「即ち真理は、或は直感、或は絶対者の直接知、宗教、存在ーしかも心的愛の中心における存在ではなくして」
    「この中心そのものの存在ーと呼ばれるところの、ものにおいてのみ、現存すると、考えられているのであるが」

    「絶対者は、概念的に把握せられるべきでなく、感ぜられ、直感せられるべきであり」

(二)精神の現在の立場

    「自己意識的な精神が、現在において、立っている段階に注目すると:

    「精神は、哲学から、己のなんであるか、についての、知を望む、と、いうよりか、むしろ、もう一度、かのかつての、実体性と、存在の、堅固さとの、再興を、成就する
     事を、望んでいる」

    「実体を自己意識の水準にまで、高めるべきである」
  
    「実在についての、感情を、再興すべきだと、いうのであり」

    「概念がではなくして法悦(忘我)が、事柄の冷やかに、進展する、必然性がではなくして」
    「たぎり立つ霊感こそは、実体の富をとらえ、また、次第に、展開して行くものだと、いうのである。」

(三)原理は完成ではないこと、形式主義に対する反対

    「悟性とは、思惟することであり、純粋自我一般であり」

    「『たしかに、今は、この定在について、なにか、或るもの、として、語られはするが、しかし、絶対者のうち、では、A=Aのうちでは、かかるものはまったくなく、そこ
     では一切は一である』」

スポンサーサイト

etc | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<ASKATEMPLE 形而上学シリーズ | ホーム | カント「純粋理性批判」を読む Part 25 最終回>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。