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Aska Temple

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カント「純粋理性批判」を読む Part18

カント「純粋理性批判」2.先験的方法論  第一章 第二節

第一章
第二節 抗争的使用に関する純粋理性の訓練


    「私が、純粋理性の、抗争的使用、と、呼ぶものは、純粋理性の諸命題を、それぞれの、独断論的否定に対して、防禦することなのである。」

    「経験的使用の職能のみを、有する、悟性法則を、使用せねばならぬゆえに」

    「純粋理性批判は、純粋理性の、あらゆる紛争に対する、真の、裁判所と、認められることができ る。」

    「純粋理性の領域には、真の、抗争なるものは、存しない。」


自己矛盾を起こした純粋理性の懐疑的満足の不可能性について

    「すべての概念は、否、すべての問題でさえも、純粋理性が、われわれに、提示するものは、決して、   経験においてでは、なくして、それ自身、ふたたび、理性において、
     存するもので」


    「われわれは、これを、純粋悟性によって」 
    「あるいは、純粋理性によって、試みる」
    「少なくとも、経験の客体たりうるものに、関しては、前者により、決して、経験に現れあたわざる物 の性質、しかのみならず、そういう対象の現存在に関しては、後者によるのである。」

    「懐疑論者は、独断的思弁家を、悟性および、理性自身の、健全な、批判へ、導く、厳格な教師であ る。」

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