FC2ブログ

Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

カント「純粋理性批判」を読む Part14

カント「純粋理性批判」1.先験的原理論 第二部 先験的論理学 第二門先験的弁証論 第二篇 第三章 第一節 第二節

第三章 純粋理性の理想

第一節 理想一般について

     「純粋悟性概念において、見出されるものは、単なる、思惟形式のみである。」

     「理念は、しかし、範疇よりも、なおいっそう、客観的実在性から、遠ざかっている。」

第二節 先験的理想(先験的原型)

     「すべて、矛盾対当の関係にある、二つの、述語のうち、ただ一つのみが、それに属しうる、という原則に従う」
     「この原則は、矛盾律を、根拠とする」
     「単なる論理的原理であって」

     「物のあらゆる可能的述語のうちーそれらの述語が、その、反対と、比較せられるかぎりー 一個の述語が、その物に、属せねばならないのである。」

     「物一般の、あらゆる、述語の総括としての、可能性全体に関して、考察するからである。」

     「それは、一つの、物の完全な、概念を、なすべき、あらゆる述語の、綜合の原則であって」

     「物を、完全に、認識せんとすれば、いっさいの、可能的なものが、認識せられ」
     「それによって、物が、肯定的にか、否定的にか、限定せられねば、ならぬ」


     「この基体は、いっさい、実在性という、理念にほかならぬ。」

     「理想に合致している、存在体の実存在ではなくして」
     「単に、そういう存在体の理念であることは、おのずから、明白である」

     「理性は、理性にとって、いっさいの、物の原型である」


     「物のあらゆる多様性は、その共通の基体である、最高実在の、概念を、制限するところの」
     「同様に、多様な、仕方のすぎない」

     「単に、理性において、存する、理性の理想の、対象は、原存在体とも、名づけ」
     「自己以上の、いかなる、存在体をもたぬかぎりにおいては、最高存在体」

     「それが、すべてのものを、制約されたものとして、自己の下に、有するかぎりでは、いっさいの、存在体の存在体と、名づけられる。」

     「この理念を、実体化することによって、さらに、追求すれば」
     「原存在体を、最高実在性という、単なる、概念によって」  
     「唯一、単純、充足、永遠、等々の、存在体として」
     「一言にして、尽くせば、これを、あらゆる述語によって、その、無制約的完全性において、限定しうるであろう。」
     「かくのごとき、存在体の、概念が、先験的意味において、思惟せられた、神の概念である。」
     「かくして、純粋理性の、理想が、先験的神学の、対象であること」

     「感能の対象の、可能性は、われわれの思惟に体する、感覚の関係である。」

     「質量をなすもの、すなわち、現象における、実在性(感覚に、対応するもの)は、与えられていなければ、ならぬ」


     「この、最実在的存在体という、理想は、単なる、表象であるけれども」
     「それは、まず、実現せられる」
     「換言すれば、客観となされる」
     「次に、実体化せられる」
     「最後に、統一の完成に、対する、理性の、自然的な歩みによって、しかのみならず」
     「人格化せられる」
     
     「最高実在性の統一は、というのは、あらゆる物の汎通的限定性(可能性)は、最高悟性において、存在するように、すなわち、叡智性において、存するように、思える
      からである。」


スポンサーサイト

etc | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<カント「純粋理性批判」を読む Part15 | ホーム | カント「純粋理性批判」を読む Part13>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。