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Aska Temple

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カント「純粋理性批判」を読む Part5

カント「純粋理性批判」1.先験的原理論 第二部先験的論理学 第二門 先験的弁証論 緒言 第一篇

第二門 先験的弁証論
  緒言
   一、先験的仮象について
      「その、同じ感性が、しかし、悟性の働き、そのものに、影響して、もって、悟性を判断するように、設定する、かぎりでは、それは、誤謬の基礎なのである。」
   二、先験的仮象の座としての、純粋理性について
    イ、理性一般について
      「私は、概念によって、特殊を、普遍において、認識する場合に、この認識を、原理からの、認識と、言うであろう。」
      「悟性が、規則によれる、現象統一の、能力であるとすれば、理性は、原理の下に、悟性規則を統一する能力である。」
    ロ、理性の論理的使用について
      「私は、まず、悟性によって、一つの規則を考える。」
      「次に、判断力によって、一つの認識を規則の制約の、下に包摂する。」
      「終わりに、私は、私の、認識を、規則の述語によって、すなわち、先天的に、理性によって、限定する。」
    ハ、先験的理念の体系
      「純粋理性の、かくのごとき、原則は、しかし、明らかに、綜合的である。」
      「純粋悟性の関与するのは、単に、可能的経験の対象のみであって、」
      「先験的弁証論は、二つの章にわかたれるであろう」
      「その第二章は、純粋理性の超験的、すなわち、弁証性推理を、論究するはずである。」

  第一篇 純粋理性の概念について

      「純粋悟性概念が、範疇と名づけられたごとくに」
      「純粋理性の概念に、一個の新しい名称を賦与して、これを、先験的理念と、名づけ、」

     
     第一節 理念一般について

      「道徳的法則に、関しては、しかし、経験は、(困った事に)仮象の母なのである、そうして、私が、なさねばならぬ、ことに、関する、法則を、なされる、ことから
       導き出し、あるいは、これによって、制限しようと、するのは、もっとも、非難されねばならぬ。」

      「各種の表象の段階は、次のごとく、にして、示される」
      「類を表象一般という。」
      「次にくるものは、意識的な、表象(知覚)である」
      「知覚が、単に主観の状態の、変様として、主観と、関係する、場合には、感覚である。」
      「客観的知覚は、認識である。」

      「概念は、経験的か、あるいは、純粋であるが、」
      「純粋概念は、まったく、悟性に、その根源を、有する限りでは、(感性の純粋形象に、おいてでは、なくして)悟性概念という。」
      「悟性概念から、つくられ、経験の、可能性を、超越するところの、概念は、イデー、あるいは、理性概念という。」


     第二節 先験的理念について

      「この、概念は、純粋理性概念、あるいは、先験的理念、と、名づけられうるもの」
      「制約に、関する、外延の、この、完全な、量を、普遍性という。」
      「直感の綜合において、これに、対応するものは、総体性、すなわち、制約の全体性である。」
      「先験的理性概念なるものは、与えられた、被制約者に対する、制約の、全体性に、ほかならぬ。」
     
      「先験的理性概念なるものは、つねに、諸制約の、綜合、における、絶対的総体性のみ、を、めざし」
      「純粋理性は、悟性にすべてのものを、委任し」
      「悟性は、まず、直感の諸対象に、あるいは、むしろ、構想力における、対象の、綜合に、関係する。」
      「純粋理性の着目するところは、ひとり、悟性概念の、使用における、絶対的総体性であって、」
      「範疇において、思惟せられる、綜合的統一が、現象の、理性統一と、名づけられる」
      「それであるから、理性は、悟性使用にのみ、関係する。」


    第三節 先験的理念の体系

      「われわれの表象の有しうる、あらゆる、関係の、一般的なものは、(1)主観に体する関係(2)客観に体する関係である。」
      「概念あるいは、理念を、構成しうる、表象のあらゆる、関係は、三種である。」
      「(1)主観に体する関係(2)現象における、客観の、多様にたいする、関係(3)あらゆる物一般に対する関係」

      「すべての、先験的理念は、三類のうちにへ、入れられる」
      「第一は、思惟主観の絶対的(無制約的)統一を」
      「第二は、現象の制約の系列の、絶対的統一を」
      「第三は、思惟一般のあらゆる、対象の制約の、絶対的統一を、含む」


      「思惟的主観は、心理学の対象である。」
      「いっさいの現象の総括(世界)は、宇宙論のそれ」
      「思惟せられうる、いっさいの、ものの、可能性の、最上位の、制約を、含む、物(いっさいの存在体の存在体)は、神学の対象である。」


      「純粋理性は、先験的心理学に、対し」
      「先験的宇宙論に対し」
      「先験的神学に対して、理念を、提供するものなのである。」


    


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