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Aska Temple

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OMEGA POINT LIVE

NEU NICHTS 020
OMEGA POINT LIVE / Aska Temple
nr020.jpg

Disk1. Omega Point Live part1
Disk2. Omega Point Live part2

『オメガ・ポイント・ライブ』に寄せて
長谷川光平

 弓場君から『オメガ・ポイント・ライブ』の構想を知らされたのは、今年(2002 年)の3月でした。私が彼にティヤール・ド・シャルダンの「愛について(みすず書房/絶版)」という本を紹介したのが2月でした。そのことを思うと、弓場君が大変急な速度でティヤール・ド・シャルダンの思想に傾倒し、その気持ちを何かに書き留めるかのように音楽化しようとしたことが、お分かりいただけるでしょう。彼は「愛について」の読了後、ティヤール・ド・シャルダンの他の翻訳本が入手出来ないため、英語訳(原文はフランス語)の洋書まで取り寄せて読んだそうです。
 しかし、ティヤール・ド・シャルダンの膨大な著作とその思想が約一ヵ月で分かるはずはありません。まずそのことを最初に申し上げておきたいと思います。そのことはどんな思想に対しても言えます。思想は、人生を貫く長い沈黙の中で、行動と反省に因って証しとなるものだからです。それ以外のものは、借り物や偽物や詭弁にすぎません。
 初めにこんなことを述べますと、何かこのアルバムの演奏にケチを付けているように思われるかも知れません。でも私は、弓場君がティヤール・ド・シャルダンをデッチアゲて、このアルバムを作ったとは思いません。
 結論を最初に言ってしまいますと、弓場君は“思想や哲学としてのオメガ・ポイント”を音楽で表現した訳ではないということです。ティヤール・ド・シャルダンが示す終点(オメガ・ポイント)は、宇宙進化全体を支配し、その目標であり、完成でもある一点、そして全てを超越した愛である、キリストだったのです。弓場君が非常に性急な方法で「オメガ・ポイント」と題するライブを行ったことは事実ですが、彼がそんなにも表現したかったものは、“キリストの愛”に他ならないと私は思います。それのみが、時間(歴史)や空間(国境)を越えて、光の速度より早く、逆に彼(または彼女、そして我々)の心を捉えることが出来るものと思うからです。
 終点が死を越えても未だ働き続けるものである、ということに気付かされた、弓場君の内面の驚きと喜びが、この『オメガ・ポイント・ライブ』の動機のように思えてなりません。ティヤール・ド・シャルダンはこう言っています。「したがってわれわれがどんな程度であっても、人間化と人格化のより高い極点を前方に望むとき、われわれの眼は実際にキリストに向けられているのである。」
 信仰が思想や哲学の放棄ではなく、超越と完成を促すものであることに、弓場君は気付きはじめているのかも知れません。
 そうしたことから、この2枚組の『オメガ・ポイント・ライブ』は、今までの彼の作品群とは趣の違う、彼の音楽活動の「分岐点」となるかも知れません。3月29日の演奏と4月27日の演奏を比べてみても、そこには確かに“反省を伴う深まり”があることに驚かされます。いずれにせよ、これほど真摯に、ある意味で古風とも言える正攻法で音楽表現の在り方を探究する彼の存在は、そうしたことを無視しているかのように見える怠惰な破壊的風潮の中では、大変貴重なものと思います。
 『人間化と人格化のより高い極点を前方に望む』ということは、音楽に於いても常に与えられている、大きなテーマです。前方にこそ「終点」があるのです。その一点を見つめた、このアスカ・テンプルの音楽に、どうぞ静かに向き合って下さい。
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テーマ:CD・DVD - ジャンル:音楽

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