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民主主義の履き違い

小学校で英語を教えるかどうかが、問題になっている。
国語もちゃんとできていない児童も多いのに、全員一緒に、教室で英語を教えるというのには無理がある。
できる子供達ばかり集めて、少人数に英語を教えるのが、理想だろう。
でも、日本では、そう言う事は、不平等だと言われる。
それは、民主主義の履き違いである。
本来のアメリカの民主主義では、個人の能力を認め、飛び級は当たり前、18歳で大学を卒業する事も可能である。日本で云うところの民主主義とは、とにかく何もかも、横一列にしよう、とするもので、それは、民主主義というよりも、旧ソ連の管理社会の考え方に近い。戦前、戦中の日本の国家体制は、天皇を頂点として、平等な社会、という、国家社会主義体制を取っていた。日本の、民主主義は、こういった、国家社会主義の流れに沿った、歪な、横並び的な、個人の能力を認めず、何でも、集団行動を取らせる、軍隊組織のような偏った、奇形的な民主主義なのである。
このような、民主主義の履き違いは、グローバルスタンダード問題における、大きな障害となっている。日本独自の文化の大切さと、本来の民主主義の理念を大切にする事は、矛盾しないし、グローバルスタンダードに乗っ取った、本来の民主主義を、教育や社会の現場で大事にしてこそ、日本独自の文化を発展させる土壌を作る事に繋がるのではないか。
旧ソ連型の、4流、5流のアカ教師達にそんな事を言っても、多分無駄だろうが、やはり、英語の早期教育というのは、能力のある、児童にしかできないのであり、各家庭で、
塾や、家庭教師につけさせる以外、方法はないのではなかろうか。
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