Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

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労働の本当の意味

労働の本当の意味ー或る女性の質問への返答 その2  弓場宗治




そのアメリカの友人は、アルバイト一つした事がない有閑女性じゃないでしょうか?
サルトルの師匠のフッサールは、最期に、生活空間の重要性を訴えていました。
単純な事ですね。学校や図書館が全てではないという事ですよ。
サルトルは嘔吐によって、過去の頭でっかちな自分に、終止符をつけたのです。
そして、革命的に共産党イデオローグと肯定的に論争し、状況を書き綴っていったのです。マロニエの木とは、客体そのもの、レジのお客さんであり、工場の機械であり、
パソコンのキーボードであるのです。「働く」事の重要性は、客体と常に接し、そして
主体と客体が円環関係を或る程度、結ばなければ、仕事として成り立たない事です。接客しているお客さんと、コミュニケーションが取れなければ、お客さんは商品を買ってくれないのです。だから、サルトルでさえ、嘔吐によって、過去の自分と決別したのですから、もう有閑お嬢様の世界から、地に足を付けた大人になりましょう。

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サルトルの現象学

サルトルの現象学ー或る女性の質問への返答   弓場宗治


サルトルの現象学とは、俯瞰図で鳥が地上を観るように、客観的に上から眺めて、エレヴェーター式に、地上の主観まで、降りたり昇ったりする、大変便利な、形而上学的手法です。これだと、弁証法みたいに、螺旋階段をぐるぐる廻って、上に行く面倒くさい事をせずに済みます。
フッサールの研究から、サルトルがその現象学を受け継いだわけですが、ただ、サルトルは、頭でイメージしたものに、重きを置きすぎたのです。設計図をまず書いて、設計図通りに物が作られるのは、当然だったのです。映画監督みたいなものですね。
それが、カントのいう物自体、主観が捉える客観の背後にあるものを、マロニエの木に
観てしまったのです。主観ー>客観の図式しかサルトルにはなかったのに、客観から主観に、マロニエの木に逆襲されてしまったのです。そこには、サルトルの設計図には、全く関係のないものがあったのです。それに嘔吐したのです。僕は、サルトルのいうマロニエの木とは、女体ではなかったか?と思っています。アルチュセールという哲学者は、29歳の時、初めて彼女の女陰を観て、発狂しました。その後、奥さんになった彼女を、絞め殺して、特殊精神病院に入れられ、亡くなりました。彼の著作は、名著と言われています。

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