Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

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「共同幻想論」を語るブルジョワ少年

「共同幻想論」を語るブルジョワ少年


                   弓武声慧 



 或る日、山野が、時代遅れの、吉本隆明の「共同幻想論」を読んだ興奮を、SF研究会の仲間達に語った。山野は地方の企業の社長の子息で、片道二時間かけて、その大阪の特殊なミッションスクールに通っていた。
 「だからマルクス主義なんて、みんな共同幻想なんだよぉ~!」
山野は興奮気味に、みんなに力説した。すると、ヨハンが、
 「それは、君が、吉本隆明の『共同幻想論』を読んだ者同士の共同幻想ちゃうかぁ~?」
 「そりゃあ、学生のお遊びに過ぎんのだったら、マルクス主義なんて、共同幻想に過ぎないよ。そんなん当たり前やん。そんなん、別にあんな時代遅れの本付き合わんでも、誰かて解る事やん!」
 「いっぺん、工場でバイトしてみぃ~!日曜日はさんで、夏休み、まるまる、40日間拘束されて、それこそ、汗みどろで働いて、たった8万円やでぇ=。ピンハネされてんねん。そんなん、何処に幻想の入る余地があんねん?生身の現実やんけ?」
 「経営者かて、笑って、ピンハネした給料袋渡しとんねん。それかて、何処に幻想の入る余地があんねん?経営者の生身の現実やんけ!」
 「君んとこの会社、大きな会社らしいから、そんなん、お父さん、家に引きずって帰って来ないやろけど、どんだけ、銀行から資金繰り引き出すのに苦労してるか、一遍、聴いてみてみぃ~?」
 「幻想や幻想やって言って、うまいもん毎日食ってる自分が恥ずかしなるから。」
 「俺んとこなんて、個人営業やから、親父の苦しみ肌で感じるよ。」
 すると、山野は、
 「だから、貧乏人と一緒になるの嫌やねん。」
と、ぼやいた。すると、ヨハンは、
 「君、阿呆な金持ちや!」
 「賢い金持ちやったら、今、俺がしてる話し、身に摘まされるような、思いしてんでぇー!」
確かに、不動産会社の社長子息、大西は、身をガクガクさせて、ヨハンの労働体験話しに怯えていた。
 「結局、君は、大学で遊んで、何らかの「共同幻想」とやらをもって、あそびたいんやろっ?家の経済力が許すんやったら、他人の事やから何も言わんけどな。でも、社会の予習ぐらい、ちょっとは、しとかんと、経営者として、使いもんにならんようになるからな。」
 「これだけは、肝に銘じとけよ!」
ヨハンは大声で怒鳴った。
 「経営者は労働者以上にタフでないと、生きていかれへんねん!」
 「労働者の搾取せんな、どっから利潤できるんやっ!コラッ!オイッ!」
 「おー怖(コワ)っ!」
山野はのけぞった。

 後に大西は、山野の事を「ただの阿呆!」とヨハンに言いきった。


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真に革新的なドローン、あるいはMUの恍惚     田中浩一氏

「真に革新的なドローン、あるいはMUの恍惚」
         ーASKATEMPLE ライナーノーツ
                  田中浩一


   最新の量子力学奇怪にして
      錬金術に相似し愉快 (短歌、田中浩一)



 総天然色の夢から醒めた時、その夢が夢であったと信じられず、むしろ醒めてしまった現実の方こそが夢ではないかと思ってしまう。そもそも人間はなぜ夢を見るのだろうか。そんな素朴な疑問にすら”科学”はきちんと答えてくれないが、、、、。
 ドローン(drane)ミュージックはそんな忘念、妄想にふさわしい音楽だ。ドローンミュージック........重低音の唸り声とも地響きともつかぬ音響、微妙な音階、韻律、繰り返されるメロディー.......ミニマルミュージックとも多くが重なるが、ミニマルがテクノやら音響派と言った洗練された幾何学精神を生むのに対して、ドローンミュージックは宗教性、思想性、そして強烈な恍惚世界を異世界を促す。ドローンミュージックを考える上で忘れてはならない2人、、、ラモンテヤングとテリーライリー。特にテリーライリーの"
A RAIBOW IN CURVED AIR"は、その恍惚性やらトリップ感覚に於いて、アスカテンプルと共に、絶対に忘れてはならない重要な存在だが、、、、、、。僕はJohn UbelとNicolai丸濱の2人による「ZERO SCIENCE=MU」こそが、2010年に於ける最新にして最高のドローンミュージックと断言できる。それも、ラモンテヤングやらテリーライリーやら、あのブライアンジョーンズの「ジャジューカ(joujouka)」をはるかに超えた、革新的なる21世紀立場に於ける”ドローン”だと断言できる。この、もうすぐに2年で”世界の終末”が差し迫った2010年に警鐘を乱射する思想音楽として、、、、、。
 シンセの潮音、チェンバロの装飾音。叙情のUbel世界、、、、交響曲のうねり。。。聴き慣れたASKATEMPLEの世界、、、、否、その瞬間に突如として”般若心経”がマシンガン連射される。こんなラジカルな般若心経の読経なんて聴いたことがない!鳥肌がざわざわと立つ、冷汗が滴る、心臓がドクドクと荒立つ、、、、。ヴォコーダーを通して唱えられる、否連射されるそれは、全人類を一瞬にして皆滅させるような超巨大な最新の原子爆弾投下を想わせる。
 そう、この新作は、彼等の過去のどの作品よりも最高に革新的、衝撃的だ。最高に恐ろしく最高に難解でもある。Ubel氏が静と動の綴れ織りを雄大に創るのに対し、Nicolai丸濱氏は、あのキースエマーソンのオルガンにナイフを突き刺し、悲鳴を放たせた時の衝撃を想わせる革新性でもって、これまでにないASKATEMPLEの持つアグレッシブ性を見事に引き出している。Nicolai丸濱ファンは、彼が、超絶テクニックだけではない事を肝に銘ずるべきだ。ヘーゲルの「精神現象学」とハイデッガーの「存在と時間」が、Ubel氏によってドイツ語で朗読されている。と言っても、それはほとんどノイズ音に近い様にしか聴こえないが。つまりは、これは思想の哲学の連射、爆発なのだ。まるで、インターネットでパソコンの電流で全世界が覆い隠されてしまった、電脳暗黒を切り裂くナイフのように。哲学、宗教の暗い森をさ迷った末に我々は、”無”(MU)へと至るだろう。言うまでもなく、それは”空無”
でも”皆無”でもない。”無”が充満し、”無”がびっしりと詰まっている世界ー水墨画に於いて、何も描かない紙の白をして、霧が被された風景、崖だと見たそういう意味の、”有”の根拠、故郷としての”無”。恐怖から逃げるな、絶望から出発しろと言うメッセージでもある。
 もう一つの「FANTASTIC PLANET」は甘美にしてキュートな明日香村讃歌だ。Ubelのアコースティックギターもまた超絶テクニックを持つが、それを彼は遊戯に没頭する幼児のように、本当に楽しんで弾いている。この明日香村、大和三山(耳成山、香具山、畝傍山)が、実は宇宙から飛来してきた我々の祖先たちが、初めて降り立った場所なんだよと笑いつつ教えようとしているのだと、想ってしまうのは僕だけだろうか。
 この二曲は、緊縛と弛緩、動と静、闇と光、死と生、、、そういった対極性を放ちつつ、新たなるASKATEMPLEの革新性を打ち出した傑作アルバムなのだ。
 般若心経の最も革新的な音響化、詠唱方法を打ち出し、”ドローン”として呈した点、もう一つの曲「FANTASTIC PLANET」という叙情的チルアウト曲を対極として呈すことによって、”夢”と”現実”との反転、表裏一体を打ち出した点。かつて、ブライアンジョーンズはモロッコの儀式音楽を、極度の歪みと音響工作を加えることにより、新たなるコラージュミュージックとして”ドローン”の出発地点に存在せしめた。今、ASKATEMPLEは般若心経を、ドイツ哲学を歪め、切り裂き、再工作することによって、21世紀の”ドローン”をここに
創り出したのだ。それも、今まで誰も持ったことがない程の鋭利なナイフによって、切り裂いて。

                                             (2010.5.2 田中浩一)


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