Aska Temple

All about John Ubel and Aska Temple

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JOHNUBEL 弓武声慧 phot by SACHIO HATA

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JOHNUBEL phot by SACHIO HATA

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JOHNUBEL 弓武声慧 phot by SACHIO HATA

JOHNUBEL

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JOHNUBEL GUITAR phot by SACHIO HATA

JOHNUBEL GUITAR

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JOHNUBEL PIANO phot by SACHIO HATA

JOHNUBEL PIANO phot by hatasachio

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JOHNUBEL phot by SACHIO HATA

JOHNUBEL phot by 畑 祥夫

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Zdbac嬢の結婚

Zdbac嬢の結婚

         Johann Sebastian Matthew Zdbac Ubel

 1911年に、ヨーロッパを去り、世界中に離散したZdbac家の、一家族が、日本の高知の浜辺に着いた。大金の金銀をヨーロッパから持ち出してきた、Zdbac公は、それぞれ、自分の娘達に遺産分けし、その中の一人の令嬢が、奈良で邸宅を構えようと、丹波市に召使いを買いに来た。現在の奈良県の天理市は、昔、丹波市と呼ばれ、本当に人の売り買いをしていた、売られてくるのは、貧しい漁村や農村の子供達ばかりで、農業労働の人夫などにするために、買いにくる人達と、売る人、売られる子供で、丹波市は、毎日ごった返していた。
 丹波市に着いた、Zdbac嬢は、貧しい日本の子供達が売られてくるのを、眺めて、誰か良い召使いはいないか、と探したが、貧相な子供達の中に、自分の召使いにしたい子供はいなかった。すると、その売られて来た子供達の中に、一際光る、端正な顔立ちのした、
長身の黒人の男の子がいた。Zdbac嬢は、迷わず、そのアフリカ人の男の子を買った。値段は高かったが、大量の金銀をヨーロッパから持ち出したZdbac にとって、日本の物価は気にならなかった。
 奈良の何処かで、邸宅を建てるつもりで、ひとまず、Zdbac嬢は、明日香村の小さな貸家を借りた。そこで、アフリカ人の男の子と住んだ。しかし、Zdbacの令嬢に誤算が起きた。そのアフリカ人の男の子は、先祖代々の酋長の由緒或る家系の息子だった。プライドが高く、Zdbacの令嬢の言う事を聴かないばかりか、ついに、Zdbac嬢に手をかけ、そのアフリカ人とZdbac嬢はできてしまった。二人は、天理教に入信し、石井という姓で、日本国籍を持つ、日本人夫婦になった。そして、天理教の分教会を作るのに、財産を使った。財産の保持を咎める、天理教の教えに忠実に生きた、そのZdbac嬢とアフリカ人の夫婦は、また、同時に、明日香村の外れの丘に、ユダヤ教教会を作った。
 そのアフリカ人と結婚したZdbac嬢の姉は、妹をあざ笑うかのように、ロシア系ユダヤ人と結婚し、同じく、明日香村の近所に邸宅を建てた。そのひ孫、石井瞳は、天理教の分教会の娘でありかつ、ユダヤ教会のマザーでもある、旧姓、石井トミノ、弓武トミノの孫、ヨハンのクラスメイトになり、ヨハンは、ズバ抜けた成績を全て、石井瞳に明け渡し、大阪のミッション男子校に進学した。
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新壺阪浄瑠璃

新壺阪浄瑠璃
       弓武声慧

 精神障害者のお里と沢市のカップル。沢市は慶応大学を除籍になった、ただの女たらしのチンピラである。お里は、精神病を克服して、ROCK音楽活動をしているJohann Zdbacに片想いしている。
 「あんな嫌な奴の事忘れようぜ。」
 「俺は慶應だぜ、あいつは立命2部だぜ。」
 「俺の方がいいだろう。」
確かに、Johann Zdbacは、男子校の乗りで生きていて、女を寄せ付けようとはしない。Johann Zdbacの女友達は、皆、芸術家のお嬢様ばかりだ。
 「私なんて、あんな人には釣り合わないわ。」
 「だから、俺の方が良いって言ってるだろう。」
沢市はいつもの手で、お里を酒に酔わせ、LOVEHOTELに誘い込んだ。一夜を明かした後。沢市とお里は、那智の滝へ行った。
 沢市は、お決まりの心中話に自分で酔っていた。
 「さあ、一緒に飛び込もう。」
 お里は、
 「何であんたなんかと一緒に死ななきゃいけないのよ。」
と、叫び、沢市一人を那智の滝に突き落とした。
 沢市は溺死体となり、観るに耐えない姿で発見された。
 お里は、正当防衛として、無罪となり、元気にリハビリしている。

 
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大金を渡そうとする女

大金を渡そうとする女
          John Matthew

 事の発端は、2007年12月の或る日の、ヘラルドトリビューンの記事だった。不配の全くなかったベテラン新聞配達夫が、その日に限って、新聞を飛ばしてしまい、一日遅れで届いた、ヘラルドトリビューンだった。いつものコラム欄に眼をやると、信じられないタイトルと記事が載っていた。ヨハンのバンド名MOONTEMPLEの活字と共に、危険な香り漂う文面が、英語で書かれてあった。記事の内容はこうである。「現在、全米携帯音楽配信のTOP100に日本のバンドMOONTEMPLEのアルバムが、何枚もチャートインしている。リーダーのJohn Matthewの手紙によると、売り上げ印税を、自分が影響を受けた全てのミュージシャンに配って欲しい、との事。多くの人々に聴いてもらえるなら、自分はお金は要らない、と本人は言っている。これは、音楽配信の形態を取った新たなコミュニズムか?これを放置すると、大変な事になるので、本人はただちに名乗り出て連絡を取って欲しい。」との文面だった。ヨハンは頭がクラッとした。しかも一日遅れの新聞紙は、汚れていて、すぐ捨てたかった。最初にヨハンによぎったのは、この一日の間に、ヨハンを装ったEメールを誰でも打てただろう、という事だった。それに、緊急連絡せよ、と書かれているEメールアドレスは、いつもの取引相手、Andrew Hendersonのメールアドレスだ。何かがおかしい。MOONTEMPLEの音源は、ポピュラー音楽ではない。ヒットチャートを賑わす商業音楽ではなく、手作りの工芸品のような半ば素人芸の音楽だ。Andrew Hendersonは、今のヨハンのメールアドレスを知っている。本当にHendersonが連絡を取りたいのなら、既に、メールの1通ぐらい来ているはずだ。何かがおかしい。たしかに、ヨハンは、仕事が忙しいので、MOONTEMPLEのCDを作る時間がない。勝手にコピーを取って売っても良い、とHendersonに手紙を書いていた。今Hendersonには、何かが起こっているはずだ、今連絡を取るのは危険だ。それにこの記事を自分が持っているのも危険だ。知らなかった事にして、証拠隠滅するべきだ。ヨハンはとっさにそう判断した。何か危険な香りのする、自分に身の危険を感じる、ヘラルドトリビューンだった。
 その後、通勤電車では、ヨハンの周りで、大金の話をする人々が跡を経たなかった。ヨハンが大金を儲けていると、誰もが、ヨハンに聴こえるように、話す。ヨハンはわざと無視した。これは何かの罠だ。ヨハンが邪魔な存在が何処かに居るのだ。ヨハンが普通に働いているのを、就労妨害したい誰かが居るのだ。そんな或る日、大阪の友人宅に泊まって、朝、天王寺の阿倍野橋駅からの近鉄特急に乗ると、前の席に東京の水商売系の女が座った。座る前、ヨハンを睨みつけた。女は、大勢の取り巻きを引き連れていて、その記者風の男達は、少し離れた席に数人座っていた。女は、後ろのヨハンを何度も振り返り睨みつける、ヨハンは、平然と喫煙車両のその席で煙草を吸い、ヘルダーリンの原書を読んでいた。すると突然、女は、ヨハンに見えるように、自分のバックに掛けたネッカチーフを外した。中には、札束が何重にも重なっている。
 「ヤクザの女が金の使いに廻されているのか。」
と、ヨハンは思った。すると、女は突然後ろを振り向いて、ヨハンの顔を睨みつけ、
 「あんたの金やっ!」
と、叫んだ。軽く1000万円はあるだろう札束だ。ヨハンは身の危険を感じた。とっさにその女に、
 「君、取っときなさい。」
と、声にならない声でテレパシーを送った。すると、女は、その声にならない声が聴こえたらしく、一瞬、眼を拭いた。取り巻きの記者風情の男達も、その声にならない声を聴いていた。ヨハンは、逃げるように、到着駅で降りた。
 その1週間後、誰か分らない、婦人が朝、ヨハンの家を訪れ、ヨハンの家の玄関で、ヨハンの父に、
 「娘がえらいお世話になりまして。」
とお歳暮を渡して還った。
 「誰?」
 「知らん。お前に娘が世話になった。って言ってたぞ。」
 「俺、誰も世話なんかしてないよ。でも変わった名字やな。」
 お歳暮の熨斗紙に書かれていた名字は、知り合いでもなんでもない人の名字だった。変わった名字だった。ヨハンはTVを観ない。流行の芸能人の名前はほとんど知らない。インターネットを賑わす芸能人の名前もほとんどスルーして観ている。
 明くる日の通勤電車にヨハンが乗ると、蜂の巣を突いた様な騒ぎが起きた。ヨハンが芸能人の女に1000 万円あげた男として、乗客が騒いだ。目の前に積み上げられた札束に危険を感じて、受け取りを拒否しただけだったのに、知らない間に、ヨハンは、芸能人に
金をやった男になっていた。人々が口にする芸能人の名前は、いくら芸能オンチのヨハンでも知っていたタレントの名前だった。そして、それは、熨斗紙に書かれていた名前だった。
 仕事が順調だったから、断った金だったのに、まさか通勤電車にも乗れなくなるなんて、それは、ヨハンの誤算だった。ヨハンは、仕事を休職し、喰うや喰わずの生活に陥った。ヨハンの生活は、まるで、生きたまま彼岸に達したかのような、非現実なものとなっていき、いつしか、霊界の先祖と繋がるようになっていった。ヨハンの生活が極限に陥る度に、夜中に、ドアをドンドンと叩く音がする。その度に、祖母の霊が顕われて、
 「絶対に出てはいけない、殺される。」
と、祖母の霊が止める。その間、ヨハンは金縛りに会っていて、身動きが取れるようになると、ドアの外には、もう誰もいない。そんな夜が、2008年に何度か起こった。
 ヨハンは、Hendersonに手紙を書いた。Hendersonからの返事は、去年の末は、入院していて、そんな事は何も知らない、という返事だった。ヨハンは、誰か自分の事が邪魔な人が、金をヨハンに掴ませて、スタントマンにでも起用して、殺そうとしていたのだ、と思うようになった。2009年になり、人々はすっかりそんな事は忘れてしまった。ヨハンは、普通に通勤電車に乗っていて、相変わらず趣味の音楽を作り続けている。
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30円の女郎

30円の女郎

                   John Matthew

Westhilllock家に足下している女達が、30円で買えると噂が広まり、100人の予約が入った。
 「お兄さん寄ってかない、私一匹30円よ。」
男達は、女に30円払って、買春する。しかし、30円で買春した男達は皆、後でヤクザから300万円恐喝される。Westhilllockのヒモ達が受け取るマージンは一人30万円である。
計3000万円分の予約が入ったというわけである。
 「お兄さん寄ってかない、私一匹30円よ、」
足下の女達は今夜も元気に売春する。
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女を売る館

女を売る館

            John Matthew

 「当方、Westhilllock Love Hotel は使用料ただでございます。ただし足下された女性の方は、一匹30円で女郎屋に売り飛ばされます。」
今日も、Westhilllock家に足下していた女が売り飛ばされる。本人には、30円しか渡されない。Westhillockが受け取るマージンは、女一人につき30万円。無理に建てた豪邸のローンが払えず、破産したWesthilllockは、3億2600万円の負債を抱えている。
 Westhilllockの3兄弟は、向いにMOONTEMPLEのリーダーが住んでいると、女を次々と、館に誘い込み、そして、女達は、猫のように、その館に住み着く。そして、売られてゆく。Westhilllockが売った女の数は100人。一人30万円のマージンを取っているので、
合計3000万円をWesthillockは稼いでいる、しかし、債権保有者には、1銭も返さず居直っている。
 今日も女が30円で売られて行く。行き着く先は場末の女郎屋だ。いったい今は何年なんだろう?女が自分で自分の人権を落として行く。馬鹿な女達は、またWesthilllock家に猫のように住み着くだろう。そして、30万円のマージンをWesthilllockは受け取り続けるだろう。女は30円で売られて行くだろう。
 女を売る館は、今日も喘ぎ声を丘に木霊させている。
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ZERO SCIENCE=MUセルフライナーノーツ

ZERO SCIENCE=MU セルフライナーノーツ

                 弓武声慧

 ASKATEMPLEの作品「SEIN UND WISSENSCHAFT」は、科学の前提となる形而上学は、全てキリスト教の神である、という西洋哲学史の常識を音楽化したものでした。エルンストブロッホの円環的形而上学の中心のSEIN、マルティンハイデッガーの、SEIN UND ZEITの、SEIN、サルトルの存在と無の、SEINは、全て、キリスト教の神の存在と人間の在り方について、語られた哲学書です。デカルトの『方法序説』では、有名な「我、考える故に我あり。」という言葉が残されていますが、「方法序説」を、実際読んだ方は、それが、デカルトの、キリスト教信仰告白書に過ぎないものである事は、お解りのはずです。デカルトは、キリスト教の神の存在を論証し、その神の存在故、人間の認識の明証性
を説くのです、それ故の「我、考える故に我あり」なのです。1+1=2という明証性は、全て、キリスト教の神の存在の明証性から来るものなのです。それは、カントが、「純粋理性批判」で、展開する、主観的客観の人間理性の問題へと、繋がっていきます。
 さて、今回の「ZERO SCIENCE=MU」についてです。現段階では、タイトルナンバーのミックスダウンが終了したばかりで、アルバムの完成には今年いっぱいかかってしまうかもしれません。完成したばかりの、24分に及ぶ、タイトルナンバーについてですが、Nicolai丸濱氏の全面的協力によって、この曲は、John UbelとNicolai丸濱氏の共作曲であります。ホームスタディオのレコーダーのエフェクトイコライザー処理等の、ティーチング、KORG MS-2000のデジタルオペレイティング、曲全般のプロデュース等、全て、Nicolai丸濱氏の協力のもと作られております。また彼のNORD WAVEによる、メロトロン、シンセリードなどの彼のプレイも、重要な曲の要素です。
 曲は、ミニマルなシンセプレイに、Nicolai氏のチェンバロがまとわりつくように始まります。そして、後半部、Ubelのピッキングハーモニクスギターの2重奏が始まるあたりで、リズムのテンポが早まり、そして、般若心経が、ヴォコーダーで唱えられます。
その伏線として、右チャンネルには、ヘーゲルの「精神現象学」、左チャンネルには、ハイデッガーの「存在と時間」の、ドイツ語テキストの朗読が、Nicolai氏のエフェクト処理によって、Ubelがreadingしています。
 何故、般若心経か?それは、この曲のタイトルに繋がる設定であります。量子力学による、クォークより、小さな素粒子、チャームやアップ、ボトムなどの物質は、確認され発表されているにも関わらず、世界中の全ての科学者が、その存在を確認しているわけではありません。まさに、西田幾多郎氏の説く絶対無の世界が、量子力学の世界では起こっているのです。湯川博士は、西田哲学の絶対無の思想から、中間子を発見されました。Askatempleは、SEINの行き着く果ての、「無」の世界を音楽化しようと、試みました。
般若心経における「色即是空、空即是色」とは、精神と物質の関係が、円環的な関係を結ぶ事を表しています。その中心にあるのは、「無」なのです。ハイエナジーでピッキングハーモニクスギターが唸る中、般若心経が突然唱えられる音の中で、表現されているのは、物質の極限状態で、顕われる、精神の世界そのものです。
 そして、それは、Johnubelが3歳の時の、2度目の洗礼名であり、3歳の時得た、ドイツプロテスタント牧師名、John Matthewが、3度葬られた後に、取り戻した、法名、弓武声慧が、第一次世界大戦直前に世界中に離散した、Zdbac家の末裔として、ヨーロッパ思想を旅し、日系ユダヤ人として、日本に戻って来た、思想の旅の円環的帰結でもあるのです。


                        2009.7.3
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